アイコン設定
投稿者さん使い方

掲載の是非は管理者が判断いたします。予めご了承願います。
篠ちゃんさん (8e2ifj2b)2022/10/9 20:21 (No.567404)削除
Tamuさん こんばんは!
今日(10/9) 久し振り(三ヶ月振り)に山歩きしてきました。足慣らしに水ヶ塚Pを起点に小天狗塚へ行ってきました。コースは(水ヶ塚P-南山休憩所-(バリルート)一小天狗塚-三辻-幕岩-須山御胎内上-水ヶ塚P)を周回してきました。紅葉の始まった富士山自然休養林歩道は何度来ても素晴らしい樹林帯です。久し振りに癒やされました。上り途中で<ヤマブシタケ>ゲット初めてです。香りと食感が良く美味でした。3.5Hコースでした。
 幕岩付近ですれ違った3人家族の幼児に「滑るから気を付けてね!」と挨拶されホッコリしました。
コケの紅葉
バリルートより宝永山
小天狗塚より双子山
ヤマブシタケ
T
Tamuさん (8g17x6u1)2022/10/10 17:42削除
三ヶ月ぶりだったのですね。それにしては軽快に歩かれたようで、流石、篠ちゃんです。
富士山自然休養林…、一度歩いてみたいとずっと狙っているのですが、未だに手付かずです。おいしいものは後から…、という考え方もありますが…。
小さな子供に山で出会うと、本当に頬が緩みますよね。
ヤマブシタケ…美味しそうですね。
本BBSに複数枚の写真を添付(投稿)できるということを、恥ずかしながら、私は知りませんでした。重ね重ねありがとうございます。
信州への山旅の宿にて。Tamu
返信
ルモンさん (8fjbkh12)2022/10/7 00:03 (No.563954)削除
tamuさんこんばんは 10月2日に谷川岳に行ってきました。過去2回登っているのですが トマ耳のみだったのでどうしてもオキの耳を踏んでおきたかったのです。肩の小屋は予約が取れなかったので、麓の「土合山の家」に前泊、ロープウエイでの往復で水上温泉でもう一泊と余裕の計画です。当日は完晴れで日曜日でもありロープウエイ乗り場から人人人・・・で山頂での記念写真は両の耳とも30~40人位並んでいて人の波が途切れることがありませんでした。それでも頂上から見る景色は素晴らしく、昨年登った仙の倉への稜線、真向かいには数年前歩いた笠ヶ岳~朝日岳~清水峠の縦走路と避難小屋が懐かしく、その奥には多分巻機山、そのまた奥には越後三山、とても幸せなひと時でした。紅葉は新潟側が少し色付き始めた頃でしょうか。山頂付近で、子供がかけていたのを、お父さんが「ここで転ぶと死ぬよ!」との言葉が 確かにー!と妙に納得で記憶に残りました。今回泊まった「土合山の家」は数年前に改装したようでかけ流しの温泉で食事も美味しく、リーズナブルな料金は登山者向き。水上温泉の「MICASA」小規模の宿で3つのお風呂が貸切制でとても寛げました。写真はオキの耳からトマの耳と万太郎、仙の倉山方面です。
T
Tamuさん (8dt9w4gy)2022/10/7 09:00削除
温泉宿に前泊・後泊しての谷川岳。お天気にも恵まれたようで、もう最高!でしたね。あの山頂部で走るのは、確かに超危ない、ですよね。 (^^;)
 ところで、土合山の家に温泉施設(谷川岳温泉湯吹の湯)ができたのですね。慌てて少し調べてみましたら、昨年の11月にオープンしたとのことで、びっくりです。もう10年以上の昔ですが、白毛門登山の下山後に土合山の家の風呂を使わせてもらったことはありますが、温泉入浴施設ができたなんて、大歓迎です。いままではこの方面への(公共交通を利用しての)山旅の立ち寄り温泉入浴は、バスとか電車を途中下車するしかなかったですから…。
 この地への山旅の楽しみがグレードアップされた感じで、いつか私も是非、と思いました。
 ルモンさん、今回もステキな情報、ありがとうございます。
返信
都築山人さん (8hfljkam)2022/10/4 14:36 (No.560957)削除
10月2日に、権現山、弘法山、鶴巻温泉のコースを歩き、記録をHPに載せました。

7月に山行きを予定したのでしたが、左足首に痛みを感じたので取りやめた直後に、3月に受けたPETCTの報告書を入手し、リンパ腫の患部のほか、関節炎についての記述があったので、2か月ぐらい足をあまり動かさないでいたところ、腫れは引いたものの、3KM歩く途中で痛みが出ました。

整形外科に行ったところ、関節炎は軟骨が薄くなっているためだといわれ、痛まないていどの歩き方に変更するようにいわれ、痛み止めと湿布薬をもらいました。腫れた状態ではなかったので、湿布の効果は分かりませんが、薬は効いて痛みはかなり改善されました。

関節炎を悪化させないような歩き方とは、どの程度のものか調べることにし、手始めに、権現山、弘法山、鶴巻温泉のコースを歩くことにしました。歩く時間を少なくするために、秦野駅から河原町まで、普通は歩く道をバスに乗り、権現山に登ってしまえば、あとは大体下りだから、逆コースに比べるとだいぶ楽なはずです。

途中痛みを感じることは殆どなく、歩き終わった後の足首の腫れもなかったので、この程度なら山歩きができると思いました。

このコースはかなり人気があるハイキングコースで、家族連れも大勢来ていました。咲いていた花の種類も、丹沢にしては多いほうだと思いました。
T
Tamuさん (8dt9w4gy)2022/10/4 21:20削除
暫く投稿がなかったので心配していました。丹沢前衛の弘法山を歩かれていたのですね。
 貴HPの該当項を拝見してみました。お天気にも恵まれたようで、「権現山から箱根と富士山、鍋割の西側の山」の展望パノラマ写真などは素晴らしいと思いました。弘法山のこのコースは、安心して歩ける、いいコースですよね。
 それにしても、都築山人さんの気力と体力には感心いたします。ご自分のご病気に面と向かって対峙して、そのギリギリの線で歩かれている…山歩きを楽しんでいらっしゃる…お姿に感動です。

 ※このBBSもURLを書くと(コピペすると)リンクします。投稿文の最終行にでもご自分のHPのURLを書いていただけると、嬉しいです。

 都築山人さんのHPのURL
http://tdk.my.coocan.jp/
返信
Y
Yalkeysさん (8hcm7mbs)2022/10/2 12:31 (No.558269)削除
9/24-26で私がメンバーとなっている「ゆる登山」サークル(大学同窓会)で、称名滝・室堂・雄山コースに18人で出かけました。初日は富山市内散策、2日目は称名滝、3日目は室堂エリアというスケジュールでした。全国的に週末に台風が来ていた時期でしたが、この3日間非常な好天に恵まれ超ラッキーでした。Aチームは雄山へ、Bチームは室堂から天狗平へのトレッキングというプランです。私は勿論Bチームでしたが、室堂から雷鳥荘への往復でグロッキーとなり(この欄の皆様には笑われそうですが・・)、Bコースもスルーして室堂まで戻ってメンバーが戻ってくるのを待機しながら休息していました。それでも、雷鳥荘前からの朝焼け、みくりが池に映る立山連峰、地獄谷の風景など大自然の雄大さを体験することが出来ました。
9/26雷鳥荘前の広場から見た立山連峰の朝焼け
T
Tamuさん (8dt9w4gy)2022/10/2 19:57削除
Yalkeysさんの「ゆる登山」サークル…いいですねぇぇぇ。お天気に恵まれて、とのこと、常日頃のみなさまの行いの良さですね。
 “室堂から雷鳥荘への往復でグロッキー”とのことで、思わず頬が緩みました。…笑ってはいません…。私も殆ど多分そうですから。 (^^;)
 お仲間との楽しい山歩き。それもしかも北アルプス。ゴージャスな山の時間を過ごされて、ほんとうによかったですね。雷鳥荘前からの(立山の上空に広がる)ステキな朝焼け…。私も見たかったなぁ~。
返信
T
Tamuさん (8dt9w4gy)2022/9/19 14:17 (No.543852)削除
「私達の山旅日記・掲示板(BBS)」の過去ログの編集作業がようやく完了して、今、ほっとしています。なにやかやで半年近くかかってしまいました。
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~tamu/bbs-index.html
篠ちゃんさん (8e2ifj2b)2022/9/21 19:34削除
Tamuさん 今晩は!
過去ログの編集作業「お疲れ様でした」
 少し開いてみました。私が初投稿したのが2003年4月でしたね。日本百名山を目指すのに参考にさせて戴き助かりました。
最近、山に行っていません!亡き母の法要や農地の手入れ、天気とのタイミングなどで出掛けられませんでした。ソロソロ歩き始めようと思っています。*画像は2年前からメダカの水槽に住み着いたツチガエル?です!
T
Tamuさん (8dt9w4gy)2022/9/22 17:41削除
そうですね。篠ちゃんの初投稿日は2003年4月26日…、本当に長いお付き合い、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。山行のご報告など、楽しみにしています。
 メダカの水槽に住み着いたツチガエル、って、なんかすごいなぁ。写真で拝見すると、置物のようにも見えて、よく逃げていかないなぁ、と感心します。何を食べているのでしょう。餌をやっているのでしょうか。ホテイアオイも増えすぎて困ったりしませんか。等々、興味津々です。
返信
T
Tamuさん (8dt9w4gy)2022/9/14 10:59 (No.538136)削除
昨日(9月13日)、山の仲間たち(総勢10名)と箱根の金時山に登ってきました。雲間の空色の空が気持ちよくて、和気藹々と楽しいハイキングでした。

行程:
御殿場-《バス》-乙女峠バス停~乙女峠~長尾山1144m~金時山1213m~金時宿り石~公時神社~仙石-《バス》-箱根湯本・弥次喜多の湯(入浴)…

 咲いていた花ではツルニンジン、ホトトギス、ツリフネソウなどが印象に残りました。きわどい感じですが、心眼と心願も交えて、なんとか富士山も眺望することができました。
 下山後は箱根湯本の「弥次喜多の湯」で山の汗を流し、帰路の小田原駅で途中下車して、海鮮茶屋「魚國」で打ち上げました。今回も甘露甘露の大団円です。
金時宿り石(下山時)
返信
T
Tamuさん (8dt9w4gy)2022/9/1 11:51 (No.523541)削除
人形山:
 8月28日~31日の4日間、マイカー利用で、北陸(富山県南部)というか中央高地(岐阜県北部)というか、の辺りを旅してきました。ナビ役の助手席には妻が座っています。登った山は29日の人形山だけで、予定していた能郷白山登山は悪天候のために断念しました。余った時間は、白川郷・五箇山の合掌造り集落などをじっくりと観光したりして過ごしました。
 能郷白山は残念でしたが、人形山はお天気に恵まれて…かなり疲れましたが…すばらしい登山になりました。
 利用した宿泊施設は、2連泊の五箇山温泉「国民宿舎・五箇山荘」と谷汲山華厳寺の門前に位置する「料理旅館・立花屋」でした。
 山旅の詳細についてはそのうちHP(私達の山旅日記)にアップする予定です。

●人形山(にんぎょうざん・1726m):富山県南砺市(五箇山地域)と岐阜県白川村(白川郷)にまたがる飛騨高地北部に位置するの山で、日本三百名山、新日本百名山およびぎふ百山の一つに選定されていて、登山口は富山県側にあります。(ウィキペディアの該当項より)

 写真は人形山山頂の少し南側にある展望広場です。
T
Tamuさん (8dt9w4gy)2022/9/1 18:06削除
人形山の山頂部からの360度の展望動画をYouTubeに投稿してみました。
T
Tamuさん (8dt9w4gy)2022/9/6 17:22削除
人形山の山旅日記をHPにアップしましたので、おヒマなときにでも覗いてみてください。
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~tamu/441ningyozan.html

 写真は白川郷で撮ったものです。
白川郷の合掌造り集落(世界遺産)
L
Laelapsさん (8fq0fxio)2022/9/13 11:19削除
Tamuさん車でよく遠出されましたね。読ませていただきました。御夫婦だからで出来るのですね。白川郷は飛騨高山で車を借り御母衣湖をまわり行きました。まだ東海北陸自動車道がない頃です。天生峠1289mを越え高山に戻りました。猿ケ馬場山1875mは地図上見つけた気になる山で、天生峠から登ろうと考えましたが、準備していなかったので諦めました。
それにしても御夫婦お元気ですね。温見峠からだったのでしょうか、さらに能郷白山に登るつもりだったとは。
T
Tamuさん (8dt9w4gy)2022/9/14 10:13削除
お察しの通り、能郷白山登山が目的のひとつでもある山旅でした。なので3日目の宿泊は登山口の温見(ぬくみ)峠に近い(華厳寺の門前に位置する)立花屋を予約したのでした。あの酷道157号線の現状を知りたい気持ちもありました。
 自動車道路がどんどんできて、東京から白川郷方面も大分近く感じられるようになりましたが、それでもけっこう時間がかかります。長距離の運転は、流石に疲れます。トシには勝てないですね。
 白山が近くに聳える猿ヶ馬場山も面白そうな山で、興味津々ですが、残雪期に登られる山だとか。標高差もかなりありそうで、やっぱり腰が引けます…。
返信
L
Laelapsさん (8fq0fxio)2022/9/10 14:47 (No.533928)削除
≪8月の終わり、この原稿を書いている最中にゴルバチョフ氏の死が報じられました≫
 以下は、この「掲示板」に投稿するつもりで書いていたものではありませんが、Tamuさんはウクライナ侵攻に関心があるとみて、編集し直しました。不適切だったなら削除します。

コーカサス山脈を上空から見ると五千メートル級の高山エルブルース、カズベッキが分かった。プロメティウスが鎖で繋がれたという最高峰エルブルース山5642mは雪を被った円錐状の独立峰だった。ノアの方舟が辿り着いたといわれるアララト山は火山であることは知っていたが、コーカサスには火山がないと思っていました。しかし後でエルブルースは成層火山であることが分かった。
 コーカサスに近い南ロシア生まれのゴルバチョフ(1931.3.2-2022.8.30)が主導者になったばかりだった。ソ連邦に出かけた日に、日本では大型旅客機の墜落事故が起こっていたが、知る由も無かった。サンクトペテルブルグはレニングラードと言っていて、「戦争と平和」は読んでいなかったが、ドストエフスキーの「罪と罰」は読んでいて、主人公が歩いたネフスキー通りも散歩した。エルミタージュ美術館は勿論見たが、広場の聖イサク寺院の柱にはドイツ軍の弾丸の痕が今も残っていた。旅行にはソ連政府観光局のガイドに従わなくてはならない。ガイドのナターシャは日本語が流暢だった。彼女はドストエフスキーが居た建物に住んでいた。日本語ができるガイドはレニングラードで15人、モスクワで20いるといっていた。
 ソ連は15共和国の連邦国家で、ナターシャに連れられアルメニア共和国に飛んだ。外国人旅行者は優遇されていてロシア人より先に搭乗でき好きな席に座れた。ウクライナ共和国上空をかすめコーカサス山脈を越えたのである。エレバンからはトルコ領になってしまったアララト山5162mが見られた。世界遺産になったエチミアジンの寺院にはノアの方舟の伝説がある。オスマン帝国は地中海地方に至るまで広範囲に長い間支配していた。現地の若いガイドは、20世紀初期のオスマン帝国末期のトルコで100万単位のアルメニア人大虐殺あったことを訴えた。トルコは認めていない。
 車で移動しアゼルバイジャン共和国に少し入って、グルジア共和国・トビリシに着いた。郊外から来たというカップルと広場で話した。「ヒロシマ・ナガサキ」と聞いたりしたが、グルジアとは言わず「ジョージア」だと主張した。世界遺産のムツヘタは大相撲優勝者栃ノ心関の故郷である。エレバンもトビリシも美しく歴史のある街だった。その後、アルメニアでは死者数万の地震が起きた。
再びコーカサス山脈上空を飛びモスクワに向かった。エルブルース山は双耳峰といわれるが南から見ると円錐に見えた。モスクワの地下鉄は異常に深くそして広かった。クレムリン・赤の広場は皇居・皇居前広場より狭いだろう。レーニン廟には長い行列ができていた。聖ワシリー聖堂はモスクワの象徴である。皇居に入ったことはなかったが、クレムリンの中に入りイワン大帝の鐘楼などを見た。

≪短歌的記憶≫
 円錐のエルブルースは富士に似て火星の火山オリンピアにも
 アルメニア高原に在るセヴァン湖のサファイア色と古い教会
 トビリシの橋と要塞景観はハイデルベルグ思い出させる
 黒い河さざ波立ててゆったりとアムール川の対岸遥か
 旅客機を撃墜させたロシア軍樺太沖とウクライナでも (1983, 2014)
 他の国は見守るだけのウクライナ侵攻ロシアなす術もなく (2022)
 ソビエトが終戦直後参戦し条約無視し北方領土 (1945)

ソビエト連邦を創ったレーニン、スターリンそしてトロツキーの名は本名ではない。北極海に注ぐシベリアの3大河の1つレナ川に由来するとも云われるレーニン(1870-1924)は、ステンカ・ラージンのボルガ河畔、後に彼の本名が付けられる市で生まれた。スターリン(1878-1953)はグルジア・ゴリの生まれである。トロツキー(1879-1940)はウクライナ・へルソン生まれ、亡命先でスターリンの殺客に暗殺された。
 ブレジネフ(1906-1982)元書記長はウクライナ出身、シュワルナゼ(1928-2014)元ソ連外相はジョージア出身である。ドイツではシュワルナゼ元外相がドイツ統一に貢献したとされ、また後にジョージアの初代大統領になった。1991年ソ連は崩壊する。2004年バルト3国のNATO加盟をプーチンは受け入れたようだが、2008年ジョージアとウクライナの加盟が示唆されたときプーチンは激怒した。そしてロシアはジョージアに侵攻する。2014年ロシアはウクライナに侵攻しクリミア半島を併合する。だが、ウクライナに近いクルスク生まれのフルシチョフ(1894-1971)が書記長に就任した翌1954年クリミア半島はソ連国内の管轄変更でロシア共和国からウクライナ共和国に移管されたものなのである。しかし、今年2月ウクライナへの全面侵攻は世界を驚かせた。独立するときソ連時代に有していた核を全面破棄することでウクライナの安全は保障される筈だった。中立を保っていたフィンランド、スウェーデンは共にNATOに加盟する。

沿海州は中国から帝政ロシアに割譲された地である。ウクライナの人々がオデーサ港からウラジオストックに向けて送り込まれた。日本とロシアは樺太と千島列島を交換したが、日露戦争に勝った日本は南樺太しか得られなかったことに、国民は不満を漏らした。遼東半島はロシアの租借地で大連はパリを模して創られようとしていたが、日露戦争後は日本が租借地を引き継いで建設された。日本海海戦でバルチック艦隊を破った日本をトルコ人は今でも大国ロシアに勝ったとして敬意を払う。ロシアは全ての方向に少しでも領土を拡大しようとしていた。
 傀儡国家・満州西部のモンハンでソ連軍と衝突していたが、独ソ戦が始まり日ソ中立条約を成立させ、日本は油を求めて南進政策を取り鬼畜米英と戦う事になる。原爆を落とされ敗戦に乗じて、ソ連は不可侵条約を破り北方領土に攻め込んだのである。大連にはソ連戦車群が入り、満州いた多くの日本人はシベリアに抑留され過酷な環境のもと強制労働を強いられた。

ホーキング博士は宇宙人とコンタクトを取ろうとすることは、地球人の存在を知らせることで危険な事だと言っていた。宇宙人が地球を見つけたら必ず滅ぼしてしまうだろう。スペイン人はインカ帝国を滅ぼしたし、アメリカインデアンも侵略された。オーストラリアでもニュージーランドでも原住民は侵略され、またアイヌもそうである。
 いま地上では人類が勝者として君臨しているが、トラやライオンの保護や、希少生物を絶滅危惧種だとかいって憐れむのは勝者の横暴である。侵略し戦いに勝ち全てが勝者のものになる。土地・作物や人・女も勝者の物である。原爆開発にも携わった物理学者フォン・ノイマンは兵器が強力すぎて困ることはないと言った。原爆を使って勝った勝者は未だに謝罪などしない。戦争にルールはなく戦争を取り締まるものはない。戦争犯罪といっても罰する者はいない。ウクライナが侵略されてもなす術も無く他国はただ見ているだけである。

住民に悪事を働く牝狐と対決させるためLaelapsは遣わされました。両者相反する能力を持ち勝負は着きません。この難問に大神ゼウスは両者を石に変えることにより決着をつけました。戦いの終結は難しいものです。ともかく住民に平穏が訪れたことの功績によってLaelaps は天に昇りました 。
T
Tamuさん (8dt9w4gy)2022/9/11 09:19削除
ソ連・ロシア・ウクライナ・・・などの蘊蓄、ありがとうございます。「短歌的記憶」も、おもしろく読ませていただきました。
世界平和…それはやっぱり見果てぬ夢、なのでしょうか。
せめて、道端に咲くホトケノザなどを大切に守ってあげて、そして祈りたいです。
返信
s
ssさん (8f8rlzxk)2022/8/29 15:39 (No.520833)削除
Tamuさんこんにちは。
16年ごろのログに、ドライアイ防止の目薬とありましたが、今はドライアイは出ますか?
昨年白内障の手術をしてから、涙ボロボロで運転に支障があるので、昨年11月宮崎の旅行を取りやめまました。
今は目の運動をしているので、あとは車のエアコン直接当たらない様にして、この夏は大丈夫でした。
あれは、なった人でないと分からない、酷い目にーー
今は目薬忘れる時もありますが、つけております。
T
Tamuさん (8g17x6u1)2022/8/30 08:26削除
私の場合、眼科で処方されたジクアスがとてもよく効きました。
旅先なので、また後日、あらためて投稿します。
T
Tamuさん (8dt9w4gy)2022/8/31 18:00削除
ssさん、ドライアイの苦しみ、痛いほどよくわかります。自分に合った処方が見つかるといいですね。
 インタープリターをしているころは、私もかなりきついドライアイで、1~2ヶ月に一度の割合で眼科を訪れていました。当初はヒアルロン酸入りの目薬を勧められましたが、瞬間的にしか効かなくて、ずぅ~っと悶々としていました。それが新薬の「ジクアス」を処方してもらってからは、一回(1滴~2滴)さすと3時間~6時間くらいは楽になりました。ちょっと沁みますが、私には向いていたようです。
 それが不思議なことに、2年半ほど前に仕事を辞してからは症状が急に軽くなってきました。今では市販の(軽い)目薬程度で十分です。
 参考になるかどうかはわかりませんが、体験談です。
返信
L
Laelapsさん (8fq0fxio)2022/8/27 22:42 (No.519321)削除
多摩湖まで車で10分(光で5万分の1秒)の距離にあり、ずいぶん昔になるがライちゃんと散歩によく来た。「えらい美人さんですね!」と言われて、「有難うございます。ライラと呼んでいますが、ラエラプスという息子なんです」と答えた。天に召された Laelaps(これはラテン語綴りで、ギリシャ語ではΛαιλαψ、λαιλαποζ:暴風雨 )は全天一に輝くシリウスの大犬座に居る。星座に昇った犬は他に3頭いて、小犬座のマイラ、猟犬座の2頭はアステリオンとカーラだという。
 約1年ぶりに行くと、コロナ禍を機に行っていた駐車場の改修工事は終わっていて新しく整備されている。多摩湖の狭山公園一帯には葉が茶色くなり立ち枯れた高木が多数見られた。動物が死ぬのも悲しいが、大木が枯れてしまうのも心が痛む。林を歩いていると伐採された楢の木が薪になっているので今年になっての話ではなさそうだ。注意の表示はあったが、突然、上から大きな枯れ枝が音を立てて落下した。ミズナラ、コナラが枯れているがカシ-ノ-ナガ-キクイムシという小さな甲虫が原因らしい。ラファエレア菌(ナラ菌)を媒介しているようだ。トトロの森でもナラ枯れが出ている。全国的だが神奈川県で被害が多いと聞いた。森林にはTamuさんも関心がお有りでしょうか。

T
Tamuさん (8dt9w4gy)2022/8/31 17:33削除
中学1年生のとき、私は初めて小説を書きました。もちろん、今や原稿もなにも残っていませんが、その大まかなあらすじは覚えています。
 原稿用紙十数枚程度のその短編の主人公はカラスに恋をしてしまったクマタカで…、結局恋の叶わなかったクマタカは夜空へ上りつめて…、もしかしたら星になったかも、といったような筋書きだったと思います。それは当時教科書かなにかで読んで感動してしまった「よだかの星(宮沢賢治)」を殆どパクったものでした。…それをLaelapsさんの今回の投稿を読んで、はたと思い出しました。 ライラくんも、多分、星になっているのでしょうね。

 カシナガによるナラ枯れについて、三浦半島ではマテバシイもかなりやられています。
 「ナラ枯れ」についての被害の概要については拙HP(私達の山旅日記)のコラム欄(「ナラ枯れ」について)を参照してみてください。

 北陸の方への山旅をしていてご返事が遅くなってしまいました。誠にスミマセンでした。m(_ _)m

返信
s
ssさん (8f8rlzxk)2022/8/22 16:26 (No.514105)削除
富士山のはがぞうです。
T
Tamuさん (8dt9w4gy)2022/8/22 20:56削除
美しい構図で、まるで墨絵のような写真ですね。これはもう、ほとんど“芸術”です。すてきな富士山の写真をありがとうございます。

 ところで、ssさんはウクライナを旅したご経験がおありになりますよね。
 私はここずっと、本BBSの(teacup時代の)過去ログの…拙HPのページにアップするために…編集作業をしていて、今は2018年版を作成中で、ssさんがウクライナの端から端までを数日間で観光されたときの投稿を読み返しています。その2018年の初夏、ssさんは娘さんと一緒にウクライナの端から端までを数日間で観光(オデッサ、リヴィウ、キエフそれぞれ2日滞在・チェルノブイリ博物館も見学)…しているのですよね。今から思うと凄い処を旅されていて…、なんか、胸にグッと迫るものがあります。
 今現在のssさんのお気持ちの片鱗でも、ちょっと覗きたいなぁ、と思っている私です。外していたら、誠にすみません。
s
ssさん (8f8rlzxk)2022/8/23 22:40削除
Tamuさんこんばんは。
ウクライナは数年前観光で行きましたが、日本から見れば旧ソ連の体質其の儘のホテルでありました。つまりお客様のサービスに欠如、タクシーは自分で探さなければならないし、(オデッサ)観光パンフレツトは観光が終わってから配布したり、(キエフ)チェツクインが早まれば1日分請求されたりとか。キエフですが、地下鉄のエスカレーターは長いです?これシェルターになると聞いて、現実にテレビで3か月空を見ていない等、の子供の証言。侵攻当時は冬で暗くて寒くて衛生面の不安などーーー

キエフから近い、チェルノブイリ博物館を見学して、事故処理に600万人、其の内亡くなられた方数千人、原爆に被ばくした人等、日本で報道されて居るより、物凄い被害です。勿論数年ヨーロッパ各地に家畜や牧草のその他の被害の補償も計り知れない額であったと思います。
当時は社会主義でしたので、仕事で仕方がないと思い携わっていたと聞きます。
それが旧ソ連の崩壊につながったとも。ウクライナは物価は安くて買い物には良いと思いました。
機会があり、侵攻前に行けて良かったと思います。元の状態にいつ戻るのか心配です。
画像は独立広場(キエフ)
t
Tamuさん (8dt9w4gy)2022/8/25 10:59削除
ssさん、早速のレスありがとうございます。おかげさまで、ウクライナの今昔の一部が、なんとなくですが、理解できたような気がしました。
 “元の状態にいつ戻るのか心配です”…ほんとうに、そうですね。
 「戦争と平和」という永遠のテーマは、とても残念なことに、やっぱり永遠のテーマなのかも、と思ってしまう今日この頃です。

 ついでの発信で恐縮ですが、ssさんのウクライナ旅行の記載のある(2018年5月2日~11日の投稿)BBS過去ログ・2018年版を、今さっきアップしたところです。けっこう手間暇のかかる編集作業ですが、懐かしく読み返したりして、少しずつ進めています。
 私達の山旅日記・BBS過去ログ・2018年
 → http://www1.u-netsurf.ne.jp/~tamu/bbs2018.html
返信
L
Laelapsさん (8fq0fxio)2022/8/23 10:21 (No.514799)削除
その日は、昼過ぎ首をもたげてきた蕾が膨らんでいた。開花は間もなくだと思っていると、日没後暗くなるに従い徐々に月下美人の花は開き始めた。そして夜半、満開となった。メキシコ原産サボテン科の一種で十数年前、花屋で買ってきたものだという。翌朝には花は萎み下を向き始めていた。それから萎んだ花は下に垂れ数日後に落ちてしまった。昆布状の葉の葉脈に付いた3個の花芽の内の残された1つであった。開花の日は Laelaps の誕生日から1か月後のことであった。
T
Tamuさん (8dt9w4gy)2022/8/23 21:19削除
“十数年前、花屋で買ってきたものだという…”とありますが、どなたが買ってきたものでしょうか。奥様かなぁ。…とか、読んでいていろいろと想像してしまいました。
 月下美人は夕方から咲き始め朝にはしぼんでしまう、とのこと。儚いですね。カラスウリも、そうですね、夜に美しく咲きます。…誰も見ていないのに何故、と思ってしまいます、やっぱり。
 我が家のシンビジウウム(ラン科の植物)は、23年~24年ほど前に(確かクリスマスの頃に)大枚をはたいて帰社時に私が買ってきたもので、いまでは株分けなどしてベランダの奥にひっそりとしています。ところがそれが、数年(3年~5年)に一度、突然花を咲かせます。それはそれは(購入時を彷彿とさせるほどの)見事なものです。…植物にはそんなミステリアスな面も多々あって、美しさと不可思議さは表裏一体のものかもしれませんね。
返信

Copyright © 「私達の山旅日記」 掲示板, All Rights Reserved.